言語は思考を統制させる~言葉は便利だが気を付けろ~

現代哲学

どうもこじらです。

今回は、言葉は情報の伝達手段であるはずなのに、その言葉に情報が統制されてしまっているんだよって話をしていきたいと思います。

思考は言語の上に成り立つ

みなさん、何かを考えるときはどうやって考えを具現化しますか?

うん、抽象的過ぎて質問が意味わからないですねwwただ、これ以上の表現方法が分かりません。すみませんww

まず私が言いたいことは、何かを考えるとき人は言語を使って物事を考えているということです。

例として「おなかすいた」を見てみます。「おなかすいた」は、人間の根源的な欲求を表現しているため、言葉で聞くと意味がよく分かりやすいです。

うん、「おなかすいた」の意味は、あなたが今思い浮かべた通り「おなかすいた」って意味です。

でも、それを言葉を使わずに表現しようとすると、めちゃくちゃ難しいですよね。

ふんっ!んっ!!ってなりますよね。(意味不明)

これから分かるように、表現したい何かを言語に変換して分かりやすくするということをみなさんは半無意識的におこなっているんです。そして、言語化する前の状態で思考するのは難しいので、思考する際は言語化された後のものが使われます。

ということは、思考は言語の上に成り立っているといっても過言ではありませんね。

言語は思考を統制する

今度は「ストレスを感じる」というものを例に見てみます。

精神面に負荷がかかっているような状況を具現化しようとした場合、「最近ストレス感じてるなぁ」という感じで表現する人が多いと思います。

ただ、言語で具現化する前の状況は「ストレス」という単語で説明できるほど単純な状況ではないと思います。

  • 「上司にネチネチ言われて感情が落ち込んでいる」
  • 「最近彼女との関係がうまくいっていない」
  • 「食生活が偏っていて身体がボロボロになっている」
  • 「最近友達と遊ぶ機会が少なくて寂しい」

とか、実際は色々な要素が複雑に絡み合って「ストレスを感じている」という状況になっていると思います。

ストレスという単語がなかった場合

仮に、この「ストレス」という単語がなかったとします。そうすると、私たちはストレスに似た違う意味の単語を組み合わせて近い状況を説明しようとします

「精神的に疲れている」とか、「最近不満が溜まっている」とか、そんな感じに表現しますかね。

その場合、本来の状況とは若干違う状態で具現化されていませんか?

上で箇条書きで挙げたような複雑な状況を、「ストレスを代替した言葉」でちゃんと説明できているかどうか、を考えると分かりやすいと思います。

「精神的に疲れている」の意味に「食生活が偏っていて身体がボロボロになっている」の意味は含まれていなさそうに見えますし、意味に若干のズレが発生しているように思えると思います。

実際、「ストレス」という単語はすごく意味が広く、便利な単語です。しかし、単語の中で「ストレス」だけが特別で、「自分の状況を正しく説明できる魔法の言葉」っていう訳ではないですよねw

つまり、「ストレス」という単語で具現化した際も、自分が元々考えていたイメージを相違なく言語に変換できいる訳ではないということです。

ここまでくると、「おなかすいた」も本当に自分のイメージを具現化できているのか疑ってきちゃいますよね。

言葉の複雑度について

単語はその単語によって含まれる意味合いが大きく異なります。辞書で見る①、②、③と意味の数をイメージすると分かりやすいのではないでしょうか。

そして、その単語に含まれた意味合いが多いほど、情報の伝達ミスに繋がりやすいと私は思っています。

「おなかすいた」は誤解しにくいですよね。自分のイメージをしっかりと具現化できているかは置いておいて、人から人に情報を伝達する際はほぼノイズなく変換できると思います。

しかし、「ストレスを感じる」というのは人によって認識の仕方が違い、うまく情報を伝えられるかは微妙です。

例えば、

  • 一般的な人→精神的疲労
  • 筋トレオタク→筋トレしてる

みたいに、同じ「ストレスを感じる」でも人や状況によってとらえ方が違うことが分かると思いますw例えがあってるかは微妙ですけどww

専門用語も人を騙しやすい?

こんどは専門用語について見てみます。

専門用語とは、限定的な場面でしか使われない用語のことです。「限定的」という制約が付いている分、ある程度思考の範囲が狭められ、言葉の意味を相違なく伝達しやすい用語であると言えると思います。

「言葉の意味が限定的なら誤解しにくいし、人を騙しやすいってどういうこと?」と思うんじゃないですかね?普通。

たしかに、専門用語をたくさん使って話す人の方が説得力がありますし、すごい詳しい感ありますよね。

しかし、そこに盲点があると私は思います。

専門用語は、専門用語についてよく知っている人から、専門用語についてよく知っている人にのみ相違なく情報を伝えられるんです。

こう聞くと当然のことのように思えますが、案外忘れがちです。

これを意識しないと、「あーなんかあの人詳しそう。あの人が言うことなら信じて良さそう。」と考えて、疑う余地なく信じ込んでしまう可能性があります

多くの人に話す場合

以上を踏まえ、多くの人に話す場合は、相手に疑う余地を与えつつ、あえて説得力無く説明することが大切だと私は考えています。

「知らんけど」「まぁ多分ね」「…って思ってる」「って感じ」とか、その辺を語尾に付けるといい感じに説得力が無くなりますw話す人自身のイメージはマイナスになりそうですが、相手が信じ込む心配が小さくなりますよね。

私もこのブログで、「マズローの欲求5段階説」とか「現状維持バイアス」とか、たまに用語に甘えているので気を付けたいなとは思いますw

まぁとりあえず、専門用語を織り交ぜて話す説得力がある話には気を付けてくださいね。

まとめ

今回は抽象的な内容を、言葉っていう具現化すると間違った姿に変わり、しかも人に伝えるとさらに形が変わるものを使って説明してみましたw

つまり、今回の内容で私が言いたいことは、あなたにはほとんど伝わっていないってことですねww言葉にすると伝わっているように感じても、その言葉の認識自体が違うかもしれないという無限の疑心暗鬼w

ただ、その状態の方がそれぞれの解釈を生むことができていいと私は思います。それに、人から教わった内容が直接身になることはありませんからね。自分の言葉に置き換えてから初めて自分の知識になるものだと思います。

人が言ってることは全部不完全!自分が考えた結果が完全!!

と思ってください。いや、視野狭そうで怖いのでやっぱやめてください。

 

こじらでした

じゃ

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