よくみんな電車ん中でち〇こ出さないよなっていう話

現代哲学

どうもこじらです。

今回は日頃感じる疑問についての話です。

なぜ間違ってち〇こを出さないんだろう?

私は「なぜ電車ん中で間違ってち〇こ出しちゃう人がいないんだろう?」とよく疑問に思います。数えきれない回数電車に乗ってるのに、一回も間違ってち〇こを出した人に出会ったことがないです。もしかして、宝くじで一等を当てるより確率が低い?

まず、どういう考えからこの疑問に至ったのかを述べていきたいと思います。

人はぼーっとしてる時に間違いを犯す

人は間違いを犯します。その理由として一番多いのは「ぼーっとしてたから」だと私は思います。

悪意があって悪事を働く人なんてのは日本という善良な環境においてはごく少数です。みんな優しく、みんなプライドを持っています。

中には、優しくてプライドもあるけど、精神がいかれて悪事を働くような人もいるかと思います。しかし、ニュースで見る加害者のほとんどがそのケースに該当するとは到底思えません。そもそも、精神がいかれるような繊細な人は間違いや犯罪とは対極の存在だと思いますし。

じゃあ、間違いを犯した人はなぜ間違いを犯してしまったのだろう?私が一番納得できる答えが「ぼーっとしてたから」です。

言い換えると、「慣れにより思考が停止していた」という状況です。

みなさんもないですか?普通に考えればダメだって分かることなのに、善悪の判断を怠ってしまい間違いや失敗を犯してしまうこと。

遭遇したことないですか?

間違いや失敗の説明を求められたときに、「忘れてたから」「考えてなかったから」という説明が一番しっくりくるようなシチュエーションに。

これから分かるように、人は常に自分の考えに従って判断し、それに基づいた行動をしているわけではないんです。

ここでち〇この話に戻る

ち〇こに戻ります。

「ち〇こを出す」というのは日常的に行うことです。トイレでは当然出しますし、お風呂に入るときも当然ボロンです。

そして「電車に乗る」というのも当然の日常。

そして、人は慣れによって間違いを犯す。

やっぱりボロンしない方がおかしいですって。

流石にボロンしちゃう人の割合が低すぎますよね。

そして、なぜ私も電車で間違ってち〇こをボロンしないんでしょうか。私は「絶対に電車でボロンしちゃダメだ!」と考え、毎日意識しながら電車に乗っている訳ではありません。それなのになぜ、慣れによって間違いを犯さないんでしょうか?ただの天才なんでしょうか?

人間は天才である

観念性失行って知っていますか?脳が損傷されたときに起こる障害で、道具の名前や使い方は分かるのに、それを使う際の一連の動作が分からなくなってしまうというものです。

電話をするときに私たちは、

電話を掛けたいと思う
→スマートフォンを持つ
→電源ボタンを押す
→PINコードを入力する
→電話のアプリをタップする
→電話を掛ける

という一連の動作を何気なく行うことができます。観念性失行では電話を掛けようとしてスマートフォンを持っても、その後に何をしたら電話が掛けられるのか分からないというような状況に陥ります。

このことから、私たちは色んな動作を慣れにより関連付けしていて、頭を使わずに物事をこなしているということが分かりますね。

関連する動作以外も記憶している?

私は「目的に至るまでの動作を記憶し、ただそれを行っているものである」と思っていました。しかしそうではないんでしょうね。動作と環境というのも密接に紐づいているため、電車ではち〇こをボロンせず、トイレや風呂で的確にち〇こをボロンすることができるんでしょうね。

やはり私たちは天才であり、人間の脳はとてもよくできているんでしょう。

まとめ

人間の脳は優秀で、状況に応じた行動を的確に行うことができるみたいです。そして、その精度は私が思っている数倍は高いようです。

ただ、人間は慣れによって思考を鈍らせ、その結果間違いや失敗を犯し、人に迷惑を掛けるのもまた事実です。ネット社会では環境や状況に応じた判断がより難しく、取り返しがつかないミスを簡単に起こしてしまいます。

つまり、次ち〇こを出すのは……

あなたです!!(ボロンッ!!

 

こじらでした

じゃ

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