どうもこじらです。
また一か月ぶりの記事投稿になってしまいました。アプリ開発が楽しくて楽しくて記事を書く時間を裂けていませんでした。
まぁそれは置いておいて、今回は「ググる」ってどういうことなのかについて考えてみます。
情報リテラシー系の記事です。
分からないと分からない
私は最近、問い合わせで来た内容からバグを見つけて質問に対する回答を返す仕事をしています。
ITです。製品保守ってやつです。
その関係で、「情報を扱う難しさ」「情報に対する向き合い方」については嫌というほど考えさせられます。
そこでよく思うのが「分からないと分からない」というものです。
「何を言ってんだ?」「ぶってんのか?」と思われそうですがw
まぁもう少し明確に表現するとしたら、「何が分からないかを理解するのはめちゃくちゃ難しくて、何が分からないかが分かればもうすでに理解している。」というニュアンスですかね。
人は、自分が「何が分かっていないか」を理解していません。
なんか難しい話っぽいですが、これは別に難しい話ではないです。
見たことないものの見た目が分からないのと一緒です。
みんな、自分が認知できる事柄以外については考えることはしませんし、そもそも考えることができません。
その事柄について何かしらの情報が頭に入ってきて、初めてその事柄の存在を認知し、理解するきっかけを得ることができます。
ググれる状況はもう「分かっている」
ということはつまり、ググれる状況はもう既にほぼほぼ理解してるんですよね。
図作ってみました。こういう感じです。
まったく分からない状態ではググることができず、その先に進めません。
そこには高い壁が存在します。
そして、「ググる」という行為には、「分かってはいる」の状態から「分かってる」の状態に昇華させる力しか持ちません。
言葉の扱いをちょっとちゃんとする
- 「分かる」「分からない」
- 「理解している」「理解していない」
等の言葉は人によって捉え方が少し違うと思います。
なので、もうちょっと丁寧に表現します。
- 分かってはいる→概念の最低限の理解
- 分かってる→概念のより深い理解、プラスの知識
って感じです。
こっちの方が分かりやすいですかね?
ググるのが得意な人なんていない
ここまでの内容から、ググることが得意な人はいないことが分かります。
ググるのが下手な人はいますけどね。
「ググるのが得意!」と言える人は、
- 上記の内容を理解していないか
- 全知全能でこの世に存在しているもの、存在していないもののすべてを理解しているか
のどっちかですね。
本の意義について考える
情報のリソースとして、インターネットと本は対比のように考えられることがあるように思えます。
現代ではネットからの知識がほとんどで、本から知識を入れようとしない人が多いと思います。
あ、私もそっち側の人間です。すみませんw
ネットからしか情報を得ようとしない人は、新しい概念を知り知見を広める機会が、本から情報を得ている人に比べて少ないと思います。
ネットは知っている内容を素早く深く知ることに長けていることに対し、
本は知らない概念を新しく知ることに長けていることが理由です。
…当然傾向の話ですからね。
ネットも本も情報を扱う媒体でしかないので、情報の集め方次第では普通に逆転します。
ネットから得られる情報の特徴、本から得られる情報の特徴を理解しつつ、いろんな情報をいろんな媒体からバランスよく取り入れることが大事なのかなぁと思います。
まとめ
情報リテラシーについては考えても考えても、自分の考えの浅さに気づかされます。
その反面、情報リテラシーが単に「嘘を見抜く能力」だと思っている人もたくさんいるんじゃないかと思います。
まぁこれも、「分からないと分からない」の例の一つです。
何かきっかけがないと気づくことすらできないんです。
広い視野を持ち続けて、色んな情報を取り入れ続けることが大事なんやろなぁ……。
こじらでした
じゃ
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